「これ、どうしたら良いの!?(第一話)」の続きです。
──
日も傾き始めて困り果てて居たところ、一人の救世主が現れる。
佐川急便さんだ。
軽トラでやってきた佐川急便さん。眼の前に車を停めると、貨物室から荷物を取り出し始めた。
「あの、お忙しいところすみません……」
俺は藁にもすがる思いで声をかけた。
「はい?」
「この子、迷子みたいなんですけど、ご存知ありませんか?」
「迷子? この子ですか?」
佐川さんは妻に抱かれた犬を指さした。
「はい。首輪もなく、近くに誰も居ないので心配で、飼い主さんを探し回ってるんです」
「ダックスかぁ……あ。確か……あそこで飼ってたなぁ……」
「ご存知ですか!?」
「多分ですよ。この子かどうかは分かりませんけど、確かあそこの……」
佐川急便のドライバーさんはスマホを取り出すと、丁寧に「ここの家です」と教えてくれた。
「ありがとうございます! 行ってみます!」
ドライバーさんに頭を下げると、犬を抱えて坂を降りた。
──
教えられた家は坂を降りた交差点のすぐ近くにある、一軒家だった。
ふと見ると、正面からさっきの軽トラがやって来る。心配して回ってきてくれたようだ。
「ここですか?」
「ここです」
佐川さんは車の窓を開け、車の中から返事をする。
「わかりました。ありがとうございます!」
俺が佐川さんに頭を下げると、佐川さんはそのまま走り去った。
表札を確認し、呼び鈴を鳴らす。……返事がない。見ると駐車場には車がない。
「居ないか……」
ふと見ると、お隣の家の人が何やら立ち話をしている。
「すみません……」
お隣の人に声をかけ、この犬に見覚えがないか聞いた。
「見たことないなぁ……。このすぐ裏の家でも犬を飼っているから聞いてみては?」
「わかりました! ありがとうございます!」
お隣の人は、そのまま裏手の家の前まで案内してくれ、そこで別れた。そのまま呼び鈴を鳴らす。
と、犬が吠える声がした。
「あ、違うか……」
その時点でこの家の子ではないと確定。
『はい』
インターホンから女性の声がした。
「突然すみません。迷子の犬の飼い主さんを探してまして、こちらのワンちゃんかもしれないと」
『あ、今行きます』
え? 女性はすぐに出てきてくれると言って、インターホンを切った。
ビンゴか!?
ガチャリと玄関の鍵を開ける音がして、初老の女性がシーズーらしきワンちゃんを抱えて姿を現した。あぁ、違うっぽいな……。
「あの、突然すみません。この子、見覚えはありませんか? 迷子らしくて飼い主さんを探してまして……」
「うぅぅん、見え覚えはないですねぇ……。ずっと探しているんですか?」
「ええ、ここ一時間ほど……」
「ご苦労さまです。お優しい方なのですね」
「いえいえ、別にそういうわけじゃ……。すみません、ありがとうございました」
空振りだった……。
しかし、ここまで誰も知らないというのも、どうなんだろう? どう考えてもこの老体じゃ、遠くから来たとは思えない。でも、周囲の人は誰も知らない。
どういう事なのか? 想像できるのは「散歩をしていない」だ。ただ、どう考えてもこの子はとても大切にされている。右前足が少し不自由だが、それでも元気に走る。なら、運動不足とは思えない。老体なのに太りすぎても痩せ過ぎてもいない。うんちが正常なので食べてもいるし、健康体だ。
それなら、誰かが知っていても良いはずなのに……。
そのまま犬を抱えて大通りまで戻る。
「警察は?」
妻は俺を見た。
「110番?」
「ううん。110番じゃなくて、駅前の交番に電話したら?」
「交番の電話番号って、分かるかな……?」
そう言いながら、スマホで駅前交番を検索。グーグルマップに表示されると、そこには電話番号があった。
確かに「犬猫が居なくなったら、警察にも電話しろ」という記事は読んだことがある。つまり、警察もそういう扱いをしてくれるという事だ。
「よし!」
俺は、駅前交番に電話をかけた。
『はい、○○警察です』
「あの、ちょっとお聞きしたいのですが……」
俺はそのまま、迷子の犬を保護していること、色々手を尽くしたが飼い主を見つけられずに困っていることを話した。
『なるほど。では、紛失物扱いで引き取りに伺いますので』
と、そんな電話をしていたら。これまで聞き込みを繰り返している最中に何度かすれ違った覚えのある、大学生くらいの男性が妻と話し込んでいた。
「あ、ちょ、ちょっと待ってください!」
電話から耳を離し、妻に話しかける。
「どうした?」
「この犬に見覚えがあるって!」
「え……!? あ、もしもし。今、犬に見覚えがあるという方がいらっしゃって、今からその家に行ってみます。もし、それでも見つからなかったら、またお電話させていただきます」
『わかりました。では、お困りのようでしたら再度お電話ください』
「はい、ありがとうございました」
そう言って電話を切った。
「で、その家は、近くですか?」
大学生の男性を見た。
「はい、そこですよ」
大学生は家の前まで案内してくれた。
詳細を伺うと、よく老犬のダックスを、首輪もつけずに放し飼いしているとのこと。
それってビンゴじゃないの!?
と思うも、何故か犬は妻の腕の中で小刻みに震えている。
あれ? ここに戻りたくない? ここじゃないのか?
ふと、そう思った。しかし、困っていても仕方がないので、そのまま家の敷地に入り、呼び鈴を鳴らす。今はとにかく情報が欲しい。
ふと見ると、駐車場に車がない。
「ここ、いつも車がありますか?」
俺は駐車場を指さして、大学生を見た。
「あぁ、ありますね。居ないのかも……」
案の定、呼び鈴には返答がない。
「ありがとうございます。もう少し探してみます」
そう言って頭を下げ、大学生とは別れた。
そのまま、再度警察に電話する。
「先ほど、迷子の犬の件でお電話をさせていただいた者ですが、飼い主さんと思われるお家が不在で、どうしたら良いのか困っていて……」
『わかりました。お巡りさんを向かわせますのでそこで待っていてください』
「わかりました、お待ちしています。よろしくお願いします」
電話を切って一安心していた。大学生の話が確かなら、この家の可能性がとても高い。
「少し、降ろしてあげたら?」
俺は妻を見た。車の行き来する大通りに面しているため、妻がずっと抱えていた。抱きなれていない俺たちが長時間抱いたままなのは、犬にとってストレスが溜まるんじゃないか? と、思ったのだ。
「うん」
妻はゆっくりと犬を下ろした。
すると、犬はターッと元気に走り出す。大通り側ではない、裏手の方に。
「もしかして、そっちに入り口が……?」
そう思うも、俺は犬が飛び出さないように大通りを固めているので追いかけられない。すると、妻が犬を追いかけて家の向こう側、奥の小道を曲がった。
違うのか……どこまで行くつもりなんだろう? しかしかなりの老体なのに元気だなぁ……。
それが不安を払拭させる。
暫くすると、妻が犬を抱えて戻ってきた。
「なんか、ぐるっと廻るね」
「ここじゃないのかな?」
「どうだろう……」
妻が犬を下ろすとまた途中まで坂を下って行き、こちらを見る。そのままゆっくりと、こちらへ近づいてきた。
「ダーメ。この先は危ないから出ちゃだめ」
そう言って通せんぼをすると、犬はすぐに引き返す。
「お前……実は言葉がわかるんだろ?」
「……」
犬は何も言わない。当たり前だ。
だが、素直に引き返すその姿を見ているとそう思える。さらに、多分この子は十五歳を超えている。健脚で時々笑っているように見えるその様子からはそう見えない。だが、白髪の具合、歩いていると時々躓く様に体が傾く膝か肩の悪さ、目の中に薄っすらと見える白内障の濁り。総合すると、十五歳くらいに見える。
だとすれば、この子はもう言葉を理解できるだろう。
相手は言葉を理解するのに、自分は相手から気持ちを聞き出せない状態が、何とももどかしい。通せんぼをすると立ち止まるその様子からは、目はまだ見えていそうだと判断できる。
そんな事を繰り返し、10分が過ぎた頃。
先程教えてくれた大学生が、再びやってきた。
聞くと「心配で勉強が手に付かない」とのこと。なんとも優しい。「先程警察に連絡して、今待っているところなのでもう大丈夫です。ありがとうございます」と伝えると、「わかりました。この家の人が戻ったら、僕からもそう伝えておきますね」と言って、大学生は戻っていった。
ありがたい。
「中々こうやって、知らない人に話しかけて、色々聞いて回るってことってないけど……」
妻はそう言って俺を見た。
「ん?」
「みんな優しいよねぇ……」
「うん。特に迷子の犬の飼い主を探してると言われたら、なにかしてやりたいという気持ちが強くなるんだと思う」
「かねぇ……」
「たぶんね」
そうして、警察に電話をしてから20分が経過した頃。
「あ、あれじゃないの?」
妻が道路を指さし、俺は道路を見渡した。
少し先のコンビニに、この辺りでよく見る「POLICE」と書かれた白い箱を載せた原チャにまたがり、警官の制服を着た二人が停まっていた。どうやら行き過ぎたようだ。
俺は歩いて近づきながら、二人がこちらを見るのを見計らって手を挙げると、一人が頭を下げ、こちらへやってきた。
「すみません、遅くなりました」
「いえいえ、お電話しました丸沢です」
「丸沢さん。お電話いただいた方ですね? あ、この子ですか」
「はい」
「少し状況をお教えいただけますか?」
「はい。最初、あそこの坂の上で……」
俺はこれまでの事を話した。
「なるほど、色々探し歩いてくださったんですね。ありがとうございます。で、こちらのお家のワンちゃんである可能性があると」
「ええ、大学生の話では。呼び鈴を鳴らしたんですけど、いらっしゃらないようで」
「ちょっと行ってみますね」
年上のお巡りさんは、門を開けると玄関まで行き、呼び鈴を鳴らした。しかし、誰も出てこない。
「居ませんね……。じゃ、書類を作りますので、少々お待ちいただいても?」
「はい。よろしくお願いします」
その後、年下のお巡りさんが書類を作り始め、俺達はその様子を眺めていた。
二人の胸元に付けられた階級章からは、年上のお巡りさんが巡査部長で、年下のお巡りさんが巡査だと見て取れた。
「じゃ、その子。お預かりします」
巡査部長はそう言って妻から犬を受け取ると、抱き続けた。
「本当におとなしい子ですね……」
「ええ。相当可愛がられているんだと思います。さっき、うんちしたんですけど、それもとても良いうんちだったので」
「あ、拾ってくださったんですか!? ありがとうございます! それも受け取りますよ」
「あ……。じゃ、お願いしても?」
「ええ。こちらで捨てておきます」
「ありがとうございます」
俺はうんちを巡査部長に渡した。
「あの、犬を引き取って欲しいって連絡、多いんですか?」
「あぁ、まぁまぁですね。お二人のように動物愛護センターをご存知の方はそちらへ連絡されると思いますが、ご存じない方は警察に『何とかしてくれ』ってご連絡いただく場合が多いです」
「あぁ、苦情的な?」
「苦情だったり、相談だったりですね」
「なるほど……。因みに、動物愛護センターはゴールデンウィークでお休みみたいですけど、警察署で保護されるんでしょうか?」
「ええ、警察署で保護します。警察署にはケージとか、そういう設備も整ってるんですよ」
「あ、そうなんですか。で、7日の営業日になったら、動物愛護センターへ引き渡されるんですか?」
「そうですね、多分そうなると思います。あ、一つ、お伝えしなくてはならない事が……」
「はい。何でしょう?」
「もし、もしもですよ? この子の飼い主さんが見つからず、そのまま数日経った場合、殺処分……される、可能性がある……。と、言うことだけは申し上げなくてはなりません」
「わかりました」
俺はそれが無いことに自信があった。この子の飼い主さんは間違いなくこの子を探している。
「もし、この件でご質問などがございましたら、こちらの管理番号をお伝えいただき、〇〇警察署の紛失物管理係までご連絡ください。お答えできることのみ、お答えしますので」
「わかりました」
この時、数日経っても連絡がなければ、電話しようと思っていた。どうしても、手放しで喜べない状態ではあったのだ。
警察の原チャの後ろに搭載された、大きな箱の中に入れられた犬は、暴れるでも出たがるでもなく、丸くなると静かに眠っていた。
落ち着いたか……良かった。でも、すぐに見つかるといいな。
そして一通りの手続きを終え、俺達は家に戻った。
──
家に戻るとすぐに、旅行中のお隣、山野さんにメールを送った。心配しているだろうと思ったのだ。
──
その一時間後。
俺たちが夕食をとっていると、家の電話が鳴った。妻が子機を取り上げて表示を見る。
「あ、110番だ。はい」
と言って電話に出た。
「はい。はいそうです。ええ、あ、見つかった!? 良かったぁ……。ありがとうございます! ええ、はい。あ、そうなんですか!? ええ、わかりました。この度は色々とありがとうございました。はい、ええ伝えます。ありがとうございました。失礼しますー」
ピッ。と、妻は電話を切った。
「見つかったか」
「見つかったってさ。さっきのお巡りさんだった。最初に出会った坂の近くの一軒家だって」
「そうなの? 全然家に向かう素振りがなかったけど……」
「うん。詳細は教えてもらえないけど、そうらしいよ」
「家犬だから、周囲を知らないのかな?」
「かもねぇ……」
「そか。でも、警察で正解だったみたいだな」
「だね。良かったよぉ……本当に良かった」
妻は胸をなでおろした。
──
後日談。
次の日の今日、朝目が覚めても昨日の犬のことが頭から離れず、朝から犬の話をしていた。
「〇〇ちゃん(俺のこと)、あのまま飼っちゃうんじゃないかと思ったよ」
「まぁ、最終手段はそれだよな」
「でも、うちはそんな経済力ないし……。でも、可愛かったね」
「ああ。うちの子にしても良かったけど……これからお金がかかる時期だね」
「うん、それも思った。そう思うと、年老いた保護犬を引き取ってくれる人って、勇気あるなって、思う」
「思うね」
もちろん少々残念だという思いもある。
だが、動物は、優しさだけでは保護できないのだ。
多くの犬猫を保護されている方々は、本当に凄い……そう思った。
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