これ、どうしたら良いの!?(第一話)

ゴールデンウィーク真っ只中の昨日、5/3(金)。

妻が迷い犬に遭遇し、少々すったもんだがありました。

※内容は実話ですが、全ての名称は偽名ぎめいです。また、少々しものお話が登場します。(笑)

──

いつもの様に家で仕事をしていると、いつもの様に妻から帰るコールが入る。

玄関の電気をつけ、そのまま仕事を続ける……。と、再び妻から電話があった。いつもの「これは買わなくていいの?」という連絡かな? と思い、電話に出る。

だが、この時ばかりは違っていた……。

『忙しいとこゴメン……。老犬のダックスが居てね』

「は? 老犬のダックス……?? え、何がどうしたの?」

『坂の上でさ、老犬のダックスがふらふらと、首輪もつけずに歩いてるのよ。で、迷子だと思うんだけど……』

「はぁ……」

『これ、どうしたら良いの!?』

ど、どうしたら良い……? あ……迷子っぽい犬に出会ったけど、心配で放っておけないと……そういう事か。

「わかった、すぐ行くわ。待ってられる?」

何故「行く」と答えたのか? それは「うちで引き取る可能性」を考えたからだ。さらに行かなければ、電話だけでは解決しない。その結果、俺は何の役にも立たず、妻の期待に添えない。と、そう思ったからに他ならない。

『うん、じゃ、待ってる』

電話を切ると、すぐに自治体のホームページを調べる。今住んでいる地域の迷子犬の対処法を調べるためだ。調べてすぐに見つかったのが「動物愛護あいごセンターに電話しろ」だった。

ただ……「平日8時30分から17時15分まで」という条件付き。もちろん、ゴールデンウィーク真っ只中の現在、動物愛護センターがやっている筈もなく、明確めいかくな答えを見るけることができないまま家を出た。

妻が待っている場所までは5分とかからない。その道中どうちゅう、色々な事を考えていた。

動物愛護センターがやってない。だとすれば、営業が再開される5月7日までの3日間、自宅のマンションで保護するという方法もある。幸いうちのマンションでは小型犬までは飼っても良いことになっている。本当ならば申請などの手続きが必要になるのだが……。まぁ、3日間だけ保護なら問題ないだろう……。

「動物愛護センター」。この名前に不信感をいだく方も多いことだろう。なので、少々説明しておこう。

これまでの保健所と、動物愛護センターは違う。厳密には違うのだが、ある意味、「期間を経ると殺処分されるがある」という意味では同じだ。

「殺処分」。この言葉に重さを感じずにはいられない。

ではなぜ、こうも簡単に「動物愛護センターに保護してもらおう」と思ったのか? それは、現在の動物愛護センターとNPO法人、動物保護団体との強い関わり合いにある。

実は、無料で公開している自分の著書「天は二物を与えず(仮)」という本を書きながら、動物保護法や動物愛護センター、動物保護団体について詳しく調べていた。その知識から、現在の動物愛護センターとはどういうものなのか? を知っていたのだ。

現在、動物愛護センターはこれまでの保健所とは違い、「保護」という観点に重きをおいている。センターで保護された動物は、センターから直接譲渡じょうと先を探したり、動物保護団体へ譲渡して探してもらったりという活動を行っている。

ただし前述の通り、老犬や老猫ろうびょうの様な、引き取り手が見つからない動物の場合、殺処分される可能性がある。

「これは、うちの子になる運命さだめかなぁ……」

と、この時は思っていた。見た目がそのまま野良のらだとしたら、それは捨てられたか、ひどい仕打ちを受けて逃げてきたかのどちらかだ。

因みに自治体の条例で「犬の放し飼いは禁止」されている。そのため、普通に考えるとリードを付けずに散歩をしていて迷子になった、とも考えにくい……。

──

妻に指定された場所に到着すると、少し離れた坂の途中に妻が居た。犬の姿はない。

「あれ、犬は?」

声を掛けると、妻はある敷地を指さした。途中まで坂を降り、妻の隣に立つと、指差す方を見た。

「ん?」

アパートの広い敷地の中を、ダックスフントが悠々ゆうゆうと歩いていた。想像していた最悪の事態とは違っていたのだ。

「老犬のダックス」というのは聞いていた通り。顔は真っ白で白髪だらけだ。だが、美しい毛並みでとても可愛らしい顔をしている。パッと見では虐待ぎゃくたいなどはされておらず、迷子になって数時間も経っていないような……そんな感じ。

「もう、坂を上がったり降りたり、大変だったよ……」

妻は犬を見ながら言った。

「確かに……元気そうだね」

犬はアパートの敷地の中を、リックリックと楽しそうに歩いていた。

「おいで」

しゃがんで両手を広げ、呼び寄せてみる。

だが、犬はこちらを見るも、より遠くへ行ってしまう。

「あぁぁあぁぁ、ちょ、そっちはダメだって……。この子、触れる?」

噛む子なのか、という意味で聞いた。

「うん。さっきも車が来たから抱っこした」

「え、抱っこできるの!? 知らない人なのに?」

「うん、少し嫌がったけど、全然抱っこできた」

ほう……見ず知らずの人に抱っこされても平気か……。

「じゃ、間違いなく飼い犬だね……」

そう言いながら、ゆっくりと犬に近づいてみる。

「あ。この子、相当大事にされてる……」

近づくと、毛並みがよく見えた。

「なんで?」

「毛並みもフサフサだし、顔の周りが綺麗に刈り取られている。さらに、尻尾がライオンカット、プードルカットされてる……あぁ、逃げるな……」

俺が近づくと犬はさらに奥へ行き、あまり逃げられないようにある程度距離を置き、後を追った。

さて、困ったぞ……。このまま知らないアパートの敷地の中をウロウロされても、俺達がウロウロしていて良い訳がない……。

「ほれ、おいで。何もしないよ、怖くないよ」

再びしゃがみ、両手を広げて呼び寄せると、犬はこちらを見て、ポテポテと寄って来る。

お、呼び寄せられる……?

と思ったが、犬はそのまま俺を避け、妻の方へと歩み寄る……。

「ありゃ……」

「この子、男嫌いかも」

「そうなの?」

「うん、私には嫌がらないし、寄って来る。さっき抱っこしながら電話してたら、携帯をかじられた」

あ、じゃれる……と。そこまで気を許してるのか……。

状況はわかった。間違いなく飼い犬で、飼い主さんが探しているはずだ。しかもとても人懐っこい。

俺は電話を取り出し、さっき調べていた動物愛護センターへ電話した。ダメ元だ。

『こちらは、○○市、動物愛護センターです。現在、営業時間外ですので、平日、8時30分から……』

「動物愛護センターに電話したけど、自動音声だ……」

「あぁ、平日まで再開しない?」

「そういう事。……どうするか……」

「緊急時には、とか、何か言ってなかった?」

「犬に噛まれたら、保健所に連絡しろと」

「じゃ、保健所で良いんじゃないの?」

「うぅぅん、今の保健所と動物愛護センターって、扱いが違うんだよ。あくまでも、野良犬に噛まれて、狂犬病の恐れがあるなら……って、意味だと思う」

「でもどうする? このまま夜になっても……放おっておけないよ」

そしてそのまま検索を続けると、市の「コールセンター」なる電話番号に行き着いた。それは年中無休で午後9時まで対応してくれるらしい。

ならばと思い、そのまま電話をかける。

「あの、ちょっとご相談したいことがあるのですが」

「はい、どうぞ」

電話に出た女性は軽やかに答えた。

「今、迷子っぽい老犬のダックスの近くにいるんですが、動物愛護センターがゴールデンウィークでお休みなので、この後どうしたものかと……」

俺は今の状況を説明した。

「……確かに。今ゴールデンウィークなので、担当部署はどこもお休みですね……。ちょっと市の夜間相談窓口へ連絡してみますので、そのままお待ちいただけますか?」

「わかりました。お手数をおかけしますが、お願いします」

そう言うと、電話からは保留の音楽が流れ始めた。

五分後。

「もしもし、お待たせしました。相談してみたのですが、やはりどの部署もお休み中なので対応ができないそうです。ですので、市の相談窓口が開く7日まで保護していただいて、7日になったらご連絡いただかないといけないそうです……。お役に立てず、申し訳ございません」

「いえいえ、わかりました。では、もう少し探してみます。本当に困ったらそうさせていただきます」

「お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします」

「はい、ありがとうございました」

電話を切った。

「どこにかけたの?」

妻は俺を見た。

「市のコールセンターってのがあって、相談してみた。他の窓口にも相談してくれたんだけど、やっぱり7日までは何もできないって」

「そっか……。どうする?」

「うぅぅん……。よし、ちょっと抱っこしてくれ。坂の上は犬を散歩している人が多い。その人達に聞いてみよう」

犬を飼っている人なら、この辺りを散歩している人なら、この犬を知っているんじゃないか? と、そう思った。

「わかった」

妻はそう言うと、ヒョイと犬を抱き上げた。

あれ……犬の対応が俺の時と違う……。少し残念な気持ちを抱えながら、先行して坂を上がり、周囲を見渡す。

丁度いい事に、二頭の小型犬を散歩させながらこちらへやってくるご夫婦が居た。

「すみません……」

「はい」

「あの、この子、迷子みたいなんですけど、見たことありませんか?」

俺は、妻の抱える犬を指さした。

「……あぁ、首輪がないですね……」

「ええ。でも、毛もきれいに刈り取られているし、人懐っこいので間違いなく飼い犬だと思うんですが、近くに誰も居ないのでほっとけなくて……」

「なるほど……うぅぅん、見たこと無いなぁ……。知ってる?」

旦那さんはそう言って、奥さんを見た。

「……見たこと無いわね……」

「わかりました。すみません、ありがとうございました」

そう言って二人と別れた。辺りを見渡すも、他に犬を散歩している人が見当たらない。気にしていない時にはよく出会うのに、こういう時に限って会いたい人は通りかからない。

俺はそのまま携帯を取り出し、電話をかけた。相手は仲良くさせていただいている、自宅のお隣さん。ポメラニアンを飼っている山野さんだ。

『はい』

「あ、丸沢です。お休みのところすみません。ちょっとご相談したいことがあるんですけど、今、大丈夫ですか?」

『あぁ、はい。いいですよ』

「ありがとうございます。実は、駅から戻る途中、妻が老犬のダックスを見つけまして。その子、首輪もなく、辺りに誰も居ない状態で歩いているんです。でも、間違いなく飼い犬だと思えるほど状態が良くて……」

『老犬のダックス……迷子ってことですか?』

「はい、多分。毛並みも綺麗ですし、とても人懐っこいんです。それで、本当ならば動物愛護センターとかに連絡すべきなんですが、ゴールデンウィークなので、やってないんですよ……」

『あぁ、そうですよね……』

「で、犬を飼っておられる山野さんなら、近くの犬もご存知かなと思いまして、お電話させていただいたのですが……。老犬のダックス、ご存じないですか?」

『ダックスかぁ……。確か、野球場の道の途中に、ダックスを飼っていた家があったような……。でも私、今、旅行中なんですよ』

「え……? あ、家じゃないんですか!? すみません、お邪魔して……」

お隣の山野さんは、近くにいらっしゃらなかった。

『いえいえ、それは大丈夫なんですけど、見て確認できないですねぇ……』

この時、電波の状態が悪いのか、言葉がよく聞き取れなかった。相手が旅行中ということも有り、この場はここまでだろうと思った。

「ですよねぇ~。わかりました、もう少し探してみます。旅行中のところ、すみませんでした」

『いえいえ。私もなにか案を思いついたら連絡しますよ』

「はい、よろしくお願いします。失礼します」

そう言って電話を切った。

「誰と電話してたの?」

「山野さん。犬を飼っている人なら知っているかも、って思って」

「あぁ、知らなかった?」

「この道の途中の何処かで、ダックスを飼っている家があったらしいんだけど、山野さんは今、旅行中なんだって。だから悪いし、電波の状態が悪くてよく聞こえなかったから詳細までは聞かなかった」

「そっかぁ……。このどこかに……」

妻は眼の前に続く、長い道を見ていた。

「一軒家らしい」

「じゃ、取り敢えずあそこから訪ねよう」

妻はそう言うと道を歩き出す。

「え、これ全部聞いて回るの!?」

「ううん。そこの家、飼っていた気がするんだよねぇ……」

あ、なるほど。目星はあると。

──

妻に連れられ、その一軒家の前に着いた。

「外に呼び鈴がないね。中入って聞いてみてくれる? 俺はこの子を見てるから」

俺は道路際にしゃがむと、両手で犬をなでた。

あ、さわれる。どうやら少し気を許してくれたようだ。

妻は門を開けようとして苦労していたが、すぐに戻ってきた。

「門が開かない。居ないんじゃないかな?」

「そっか……じゃ、あの家。犬の鳴き声が聞こえる家。行ってみよう」

来た道を少し戻り、大きな家の前に来た。この広さの土地からすると、元地主のような、色々と知っていそうな気がしたのだ。

妻に呼び鈴を鳴らしてもらい、俺は地面をポテポテと歩く犬を追いながら歩いていた。

暫くすると妻が戻ってきた。

「向かいのマンションに飼っている人がいる気がするって……」

「それは……調べようがないな……」

俺はそのマンションを見上げた。マンションはざっと見積もっても50戸以上ある大型マンション。この全ての呼び鈴を鳴らして聞くわけにも行かない……。

そのまま途方に暮れ、日も傾き始める。犬が歩くままに後をつけながら、様子をうかがっていた。するとやはり、犬は最初に見た場所に戻る。そして俺達の顔を見る。

なんとも可愛らしい子である。

「なんかさ……。まるで、タイムスリップしたみたいに見える……」

「タイムスリップ?」

「ああ。『ここ、今まで家だったのに、どこ行っちゃったの?』って言っているように見える。何度も立ち止まってこっち見るし。何かを聞かれているような気がする」

「あぁ……そういう……」

妻は笑った。

犬はアパートの敷地の中を出ると、坂を上がる。そのまま後を追うと、踏ん張りポーズをした。

「あ、うんこ出る! ティッシュすぐ出せる!?」

「え!? あ、うん」

俺が妻を見てそう言うと、妻はカバンからポケットティッシュを取り出して俺に渡した。

犬のお尻からはコロンコロンと、とても良い状態のうんちが転がり落ちる。見たらすぐに分かる、とても状態のいいうんち。ドッグフードの食物繊維が見て取れ、適度な硬さの丁度いいうんちだ。健康状態も良さそうで、間違いなく飼い犬の、とても大事にされている子だと分かる。老犬の体に合わせたドッグフードを与えられているのだ。

こりゃ益々ますますほっとけないじゃないか……。

しかも、犬は歩きながら踏ん張るので、道の上に点々と転がり落ちる。

「おい……歩きながらするのかよ。あれ……? え、ちょ、ちょっと……」

三ヶ所に別れたうんちを拾い上げながら犬のお尻を見ると、まだ出かけたままのブツが残っている。しかし、犬は気にせず歩き出す。

「おい、まだ残ってるぞ!? ちゃんと最後まで踏ん張れよ!」

犬はそのまま坂の上まで歩き、その途中で最後の一個が産み落とされた。

「ふぅ、やっと出たか……」

俺は最後の一個を拾い上げた。尻にブツを残したままだと抱き上げることができなくなってしまう。それだと車が来たときにマズいと思っていた。

しかしまずいな……。このまま夜になると色々と対応が難しくなりそうだ……。

俺は、少しあせり始めていた。

──

第二話へ続く

著書一覧を見る